【閲覧注意!!】クレイジーでカルチャーショックな叔母のはなし。

多動症のクレイジーなおばさん

 

この物語はある一人の女が、確かにこの世に存在して衝撃という爪痕を残していった物語である。

 

登場人物

おば・・・千代さん

千代さんの娘・・・咲ねえ

千代さんの息子・・・まーくん

千代さんのだんな・・・おじさん

千代さんのお母さん(私のおばあちゃん)・・・おばぁ

 

 

千代さんは、人と多少ちがっていた。病院で診察をされた事が無いものの、あからさまに“障害者”の傾向がある人だった。

 

 

部屋の片付けができなくて散らかり放題で、

千代さんの部屋に行くとツンとしたにおいが鼻の奥をかすめる。

 

蛇口をひねるときは必ず、MAXに水を出す。

「え?そんなに水出すと、飛び散るし、そんなんしなくても泡は落ちるよ。」と言っても、

必ずMAXだ。

 

そのせいか、千代さんのエプロンはいつもビチャビチャに濡れていた。

 

そして、極めつけは食べさしの食べ物をエプロンのポッケにそのまま入れて、またそのまま出して食べるんだ。

 

どうやらあのポケットはお皿に通づるらしい。

 

わたしが子供の時はリアルにそう思っていた。

 

でも悪いところばっかりじゃなくって、千代さんといえば笑顔。

 

常に笑顔だし、「千代さんのお腹、子供いるみたーーい!!」と罵っても全然怒らない、むしろそれをネタに返してくるような

温厚なひとだった。

 

おばぁ、つまり千代さんのお母さんは「千代は昔から育てにくい子じゃった。」と言っていた。

 

そんな千代さんは、結婚していて2人の子供がいた。

 

お姉ちゃんと弟。咲ねえとまーくんだ。

 

咲ねえは秀才で頭もよく、服のセンスも抜群の健常者。

 

それに対して、まーくんは知的障害者だった。

 

「自閉症」とか「ダウン症」とかそういった名前はついていない。

 

病院で下った診断は「精神遅滞」と書いてあっただけ。

 

どんな症状だったかというと、平仮名は書けるけど漢字は書けない。

 

「さしすせそ」が言えない。

 

数字には強い(電車の来る時間とか、人の誕生日を暗記している)けど、計算はまったくできないなどだ。

 

千代さんが見た目わからない障害者なのに対して、まーくんは見るからに障害者だった。まーくんの話はまたの機会にする。

 

うちの実家は二世帯住宅でおじいちゃん(私が小3の頃他界)おばあちゃんが一緒に住んでいたのだが、

いつのまにか、その千代さん家族も一緒に住んでいた。3世帯住宅とでもいうのであろうか。

 

障害者のいる家族というのは、ほんとうに犠牲になる。

 

自分そっちのけで、障害者の子にどうしても手がかかってしまう。

 

ADHDの千代さんは自分が大変なのに、障害者の息子を持ってさらに大変だったであろう。

 

おじさんは家庭をあまりかえりみない人で、わが道を歩く人だった。

 

パチンコにいったり、女遊びしたり、家族旅行なんて連れて行った事もないと思う。のちに離婚しているんだけど、まーくんの面倒も見ていない。

 

私は小さい頃、千代さんがわずらわしかった。

 

機関銃の様におしゃべりしてきたり、なめまわすように顔を触ってきたり、とにかく精神的に受け付けなかった。

 

たまにご飯をお呼ばれになるのだが

部屋が汚くてご〇ぶりが出るから、ご飯にご〇ぶりがでないかびくびくしながら食べていた。

 

たぶん、咲ねえも思っていたと思う。

 

自分の親なのだからもっと、複雑な形で。

 

千代さんはお母さんであるおばぁに、いつも怒られていた。

 

「なんや、その髪型。なんやその、よれよれの服。しっかりせえ。なんや・・」と。

 

会えば、小言。

 

そのたんびに千代さんは「あ~はいはい。」といった感じの態度だった。

 

時はすぎ、私たちは大きくなって、まーくんは仕事に出ていた。

 

が、その仕事場でいじめにあった。

 

そのいじめがきっかけで、まーくんはぷっつんをして暴れまわるようになってしまった。

 

ひとたび怒りのスイッチが入ると、電車の中でも暴れたりした。

 

人に危害は加えないものの、大声で叫んだり、物にあたったりしていた。

 

「死んでやるーーー!!」と言って自殺しようとベランダをよじ登ったり、扉を破壊したり、ガラスを割ったり、家の中はまるでどろぼうに入られた後みたいにズタボロになっていった。

 

そんな生活が何年も続いた。

 

おばあが、病院に行かせたがらないのだ。たぶん、世間体とかそんな感じで。

 

その間、止めに入ってたのは千代さんだった。凄く大変だったと思う。

 

自分の子供とはいえ、図体はいっちょまえな男の大人なんだから。。パワー系池沼ってまさにこの事だと思う。

 

もう限界ってなった所で、病院に連れて行った。精神科だ。まーくんは、鉄格子のついた部屋でベッドにくくりつけられて、生きる事になった。

 

一安心したのもつかの間、

 

咲ねえが結婚して子供を産んだのを機に、千代さんも豹変してしまった。

 

温厚でいつもニコニコしていた千代さんが、私に向かって罵倒してくるのだ。

「このくそやろーーー!!お前の親はどうなっとるんやーーー!!」と。

 

私は怖くて逃げるしかなかった。

 

千代さんは私達が邪険にするゴキブリを大切に飼い、家で繁殖させていた。

 

やばいぐらいのびっしりの数のゴキブリと共に生活していた。

 

それから、家に火をつけてボヤ騒動を起こした。

 

お風呂にわざと水を出しっぱなしにして、部屋中水浸しにもした。

 

ススだらけの顔で、着物の下に着る肌着いっちょで、近所をうろうろしていた事もあった。

 

たぶん、痴呆が入っていた。これが、私が千代さんが生きてる姿を見たのが最後だった。

 

 

そっから、先はあまりわからないけど入院したと聞いた。

 

咲ねえは、看病のため何回も足を運んでいた。

 

まーくんは精神科を出て、施設にはいった。

 

千代さんは入院してから2年ほどで死んだ。

 

なんというか、いろいろ衝撃を与えてくれる人物だった。

 

あんなにふくよかだった千代さんの最後は見るも無残に、げそげそだった。

 

葬式で咲ねえが言っていた言葉があまりにも重すぎて、

 

わたしの心にぽっかり穴が開いた。

 

「おかあさん、ごめん。」

「おかあさん、優しくしてあげれなくてごめん。」

 

それ見て、わたしは大泣きした。

 

ただ、普通に優しく接したかった咲ねえと、

ただ普通に生きたかった、千代さん。

 

 

 

 

 

障害者の問題はまだまだ絶えないんだ。

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追伸・・

千代さんが死んだ3か月後におばあが死んだ。

たぶん、千代さんが連れて行ったんだと思う。

おばあ、お願いがあるんだけど。

おばあ、あの世でちゃんと千代さんに優しくしてあげてね。千代さんはいっぱい苦しんだよ。そして、愛に飢えていたんだよ。お願い。おばあ。